文字を書くということはどういうことでしょうか。今なら、パソコンやタブレット、手紙、そのほか無地の紙に書くなど。世の中にはたくさんの書くという行為がある。実際に、わたしはいまブログをパソコンでカタカタトコトコと文字を打っている。これははたして文字を書いているということになるのだろうか。そんなことを考えてながらカタカタコトコトと文字を打っていると、頭の中で色々考えていることがわかる。ああ、お腹が空いた、肩がこる、視力が悪くなったなど、いろいろだ。小説など書いているひとは常に物型を考えた上で小説を書いているのだろうか。すごいね。ずっと頭の中で考えて、書いているという行為は尋常ではない。常に何もなかったものを作るという行為は誰もしらないし、世の中に受け入れされるのか、人がどう感じるかわからないから、面白い反面、正しい正解なのだろうかと、自問自答しているだろうなきっと。ある程度書く内容を考えて、構成も決めて書く内容というのは、人が考えていて、とても濃密だ。ケンタッキーフライドチキンのビスケットに使うはちみつみたいに濃厚だ。三島由紀夫みたいだ。三島由紀夫の小説を読んだ。金閣寺から読み、音楽、禁色の3作品。面白かった。感想の表現の難しい、実際にこう文字をカタカタコトコトと打っているけど、どう表現すればいいのかわからない。面白い、面白い。これしかでてこない。あとは表現のたとえがうまい、うまいというのは容易に想像でき、それが妙にリアルなどだ。和紙が濡れて重ね合うみたいな表現があって、それがとても官能的。あとは、作中に使われている文字の一つ一つが学があると感じ、それが魅力的。ああ、すごいね三島由紀夫。あらためて自分が使う言葉ってなにも学がなくて、小学生と一緒だ。ある意味小学生でもわかりやすい文字を書いて、伝えることができることは一つの才能かもしれないと自分を奮い立たせるのであった。小説でもいいし、雑誌、人、環境など昨日とは別のことから刺激を受けるのはどんどん新しい自分になっていく感じがいいよね。
文字を書くということ
東京のうまいご飯
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